ふるくからの友人が、私に手紙をよこした。丁寧に封をされた手紙だ。文なんてしたためるような人ではなかったと思うのだが、高齢者と言われる歳になって変わったのだろうか。別に悪い気はしない。机の上で何度か封筒をひっくり返してから、ハサミで端を切った。何が書かれているのか見当がつかず、柄にもなく緊張している。こんな気持ちになるのは幾年ぶりだろうか。
そっと中に入っている便箋を取り出す。開いてみると、白、青、紫といった色のアネモネが印刷されている便箋だとわかった。しかし、不可解なことに一言も用件が書かれていない。拝啓、だとか前略といった挨拶文すらなく、本文もない。とどのつまり、丁寧に折られた便箋だけが送られてきていた。
いたずらだろうか。そう考えて、ふと学生の頃に炙り出しで遊んだことを思い出した。ジュースやみかんの汁などの液体を紙に垂らし熱で炙り出すと、その液体が垂れた場所が浮かび出る、というものだ。それで文字を書いてやりとりしたことがある。やりとりしたのは遊び場所をどこにするかという、特に秘密にすることでもなく炙り出す必要もないものだったが、毎回炙り出すときはわくわくしていたことを覚えている。
早速ライターで、便箋を燃やさないように注意しながら炙ってみた。ところが、しばらく待ってもなんの文字も浮かばなかった。
炙り出しではないのか。ではやはりいたずら? いや、彼女はそういったお転婆さよりも、慎ましやかなイメージがあったのだが……。虫眼鏡で便箋のそこらじゅうを拡大してみても、裏を丹念に確認しても、まったくなにを伝えようとしてこの手紙をよこしたのかわからない。
雨音が酷くなってきた。今日は一日雨らしいから、退屈しのぎにこの手紙の謎を解くのもいいだろうと思っていたが、こうもわからないとお手上げだ。背もたれに体重をかけて、便箋を掲げる。シーリングライトに透かしてみても、便箋に変化はない。アネモネが綺麗だ。そういえば、彼女の家の庭にアネモネがあったな。花に興味のない私がアネモネの名前と姿かたちを覚えているのは、彼女のお気に入りの花だからだ。彼女が嫁いで引っ越してしまって彼女の家に寄ることはなくなったから、めっきり見ることがなかったが、今もあの庭にアネモネは咲いているのだろうか。
はっとして背を戻した。彼女は嫁いで引っ越したはずだ。だが、私は封筒を何度も見たのに違和感なんてなかった。封筒に書かれている差出人の住所は、彼女の前の住所だ。もしかして、戻ってきているのだろうか。そう思ったら、止まれなかった。
急いで出掛ける準備をして身なりを整える。外がどしゃ降りだなんてどうでも良かった。傘をさして、はやる気持ちを抑えながら歩く。彼女の家までは約二キロだ。徒歩か自転車でしか行けないが、特別に遠いわけではない。それでも、もう少し近ければいいのに、と思わずにはいられなかった。
いつだったか、彼女は「炙り出し、しなくても全部わかっちゃうかもね」と話して炙り出しをやめた。きっと彼女は、そのときと同じ気持ちであの手紙をくれたのだ。