聞ける警報見る炎

「火事です! 火事です!」
「そりゃそうでしょうよ」
 報告に淡々と答えるのは、象牙色の立派な角を二本携えた等活地獄の獄卒だ。つい先日、閻魔から「こいつもよろしく」と押し付けられた火災報知器は些細な煙でも感知し、すぐに喚きだす。どうしてこの地獄に火災報知機を置かなければならないのか理解できなかった獄卒はうんざりしながらも、閻魔の頼みを無下にはできまいとその面倒を見ていた。なるべく火や煙から遠ざけて管理しているのだが、ここは地獄。炎が上がるのは日常茶飯事で、火災報知器が鳴らなかった日はない。
「んないちいち火事だ火事だ言ってどうすんだ。ここは等活地獄。殺生を反省しない奴らが堕ちてくるんだ、燃やしてナンボなの」
「火事です! 火事です!」
「あぁ~! うるっせぇ! こんなんで黒縄地獄堕ちたらどうすんだよ?!」
 事あるごとに火災報知器の相手をして苛立っていた獄卒は、思わず刀を抜いて地面に叩きつけた。八つ当たりで抉られた地面の一部が、塊となって火災報知器に直撃する。
「ジ、ガガッ……」
「……しまった」
 やりすぎたことに焦った獄卒が納刀して火災報知器を持ち上げる。どの程度になったら「死んでいる」のかは、最近判るようになってきた。火災報知器の側面が大きくへこんでいる。今さっきの衝撃のせいだ。
「ほら。活きよ、活きよ」
 気まずそうに獄卒がそう言葉にすると、へこんだ箇所がみるみる元通りになっていく。等活地獄では、堕ちてきた者同士で殺しあったり、獄卒に殺されたりする。そうして死んだ者は、獄卒によって元通りにされるのだ。これが延々と繰り返されるが故に終わらない責苦と言われている。
 一度壊されてから直されたことで静かになった火災報知器を今日はまだ炎があがっていない場所に置いて、獄卒はふぅ、と息を吐き出した。
 そろそろ等活地獄を一回りするか、と周りを見回したところで、一本角の獄卒が声をかけてきた。
「また壊したのか」
「しょうがないだろ。燃えても死ぬし叩きつけても死ぬし、砂詰めても死ぬくらい脆いんだから」
 なかなか酷い内容を平坦に告げられて、一本角の獄卒は目を丸くする。
「砂を詰めたのか?」
「ちっげーよ! いつだったか砂ぼこりにまみれて死んでたんだよ! 誰が砂遊びなんてするか!」
「いや……そうか、すまない。勘違いしていた」
 自然と馬鹿にされたことに気づかなかった獄卒は、謝られたことに気を良くして「それで?」と先を促す。
「仕事中に話しかけてくるなんて珍しいよな。骨のある奴でもいたか?」
「残念だがそうじゃない。その火災報知器について思うことがあってな。閻魔様が連れてきたから備品だと思っていたんだが、本当はただの罪人なんじゃないか?」
「はぁ、あいつが罪人?」
 火災報知器をちらりと横目で見て、獄卒は首を傾げた。知っての通り、火災報知器は人ではない。というかそもそも生き物ですらない。訳がわからないという顔をした獄卒を他所に、一本角の獄卒は続けた。
「ここ、等活地獄は殺生を犯し反省しないものが集められる。あれが殺生を犯したのならば、反省しようがないだろう」
「反省もなにも、あいつは殺生だってできねぇだろ?」
「どうだか。報知器なんだろう? 報知できずに死なせたのであれば、それを殺生とされてここに堕とされたのかもしれない」
 一本角の獄卒が言うことを頭の中で整理しようと、獄卒は刀の鍔を片手で弄びながら応える。
「よくわかんねぇけど……要は他の奴らと同じように斬ったり殴ったりすればいいんだな?」
「簡潔に言うとそうだな」
 じゃあ、と話を続けようとしたところで、渦中の火災報知器が声をあげた。
「火事です! 火事です!」
「あぁもう、またかよ」
 ため息をついた獄卒に、一本角の獄卒は背を向けた。得物の鉈をぶらりと構えているのは、これから地獄にいる人々を斬りつけるためだ。
「あれは渡されたお前に任せる。他の奴らはまとめて火に炙らせておく」
「相変わらず熱心だなぁ」
 さっさと歩き去った一本角の獄卒は、地獄から立ち上る炎に遮られてすぐ見えなくなった。
「さて!」
 気を取り直した獄卒は大きな歩幅でついさっき置いたばかりの火災報知器のもとに向かった。どうやら近くで火柱が上がったことに反応したらしい。
「火事です! 火事です!」
 懲りずに声をあげるのは、確実に報知するためなのかもしれない。しかし、それを獄卒が顧慮する必要も、意味もない。ここは等活地獄なのだから。
「五百年は壊されては直される繰り返しだぞ。途中で音をあげてくれりゃ、そのまま死んでこの地獄も静かになるわけだが……」
「火事です! 火事です!」
「わぁかったって。はぁ、よりによってなんで閻魔様直々に頼まれたんだか」
 額をぐりぐりと揉んだ獄卒は、問答無用で賑やかしてくる火災報知器に蹴りをいれた。蹴った瞬間にやりすぎたな、と判ったのは、似たようなやり取りを何度もしてきたからだ。

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