これがいわゆる、最後のチャンスというやつだ。あたしは三年生、かわいい後輩は二年生。卒業してしまえば自然と会う機会は減るだろうし、会おうと思っても簡単ではなくなるかもしれない。それに後輩はとてもかわいいのだ。ライバルはたくさんいる。
勉強が苦手なあたしはなるべく集中できるように、この一年は学校の図書館で勉強をしてきた。後輩はそれに合わせていつもあたしの隣で宿題をしていたから、今日も後輩はあたしたちの特等席にいるはずだ。
図書館は静かだけど、勉強を教え合う声も聞こえてくるから堅苦しくなくてちょうどいい。奥の方にある特等席を見ると、やっぱり後輩がもう来ていた。珍しくシャーペンを手にしていない。熱心に本を読んでいるみたいだ。
「レシピ本?」
「先輩?! あ、え、これは……」
きょどる後輩が見ていたページには、大きく「チョコスフレ」と書かれている。できあがり写真は小さなカップに菓子が入っているもので、見覚えがある。
「ああこれ、前に一緒に食べたやつじゃん。おいしかったよな。今年はこれつくんの? 毎年家族につくってるよね」
「そ、そうです。たまには違うものがいいかなって思って」
「やっぱ本命はないの?」
「そんな、ないです!」
わたわたと大げさに否定する後輩はかわいい。後輩は毎年家族用にだけチョコをつくっているらしい。だから後輩のチョコをもらったことがあるやつはこの学校にはいない。横から視線を感じる。まあ、後輩はかわいいからな。もしかしてくれないかな、とかあの男子は考えているのかもしれない。残念だけど後輩が家族以外にあげない、というのは本当だし、本命がいないらしいのも本当だ。けどもっと残念なのは、あたしが今出し抜く気でいるということだ。チョコがもらえるかもしれない、なんて受け身のやつに、誰が後輩を渡すものか。こういうのはアピールしないと変わんないだろ。
我ながら強すぎる独占欲だなとは思う。けど、それだけ好きなんだからしょうがない。
「からかって悪かったって」
顔を赤くした後輩に謝ってから隣に座る。
「もう。先輩こそ、つくらないんですか? お料理苦手でしたっけ」
仕返しのようにくすくす笑う後輩に、うっかり言いそうになる。まだだめだ。きちんと場を整えて、チョコも用意したうえで伝えると決めているんだから。
「あたしだってつくれるよ。明日持ってくるから食べて」
「えっ」
「あ……」
だめだと思った矢先にほぼ言ってしまった。まあ、いいか。先に言っておいた方が、あんまり大きなショックはないだろうし。後輩も別に嫌そうではないし。
にしてもこの微妙な空気、いったいどうすればいい? あたしはここで「さ~て勉強でもするか!」って言えるような勉強好きじゃないんだけど。