きっかけは、彼がブランド物のバッグをクローゼットの奥に大切にしまってあるのを見てしまったとき。バッグのデザインがわかるようなラッピングがされていたけど、あたしのために用意してくれたのかな、なんて一ミリも思わなかった。だって、そのブランドはあんまり好きじゃないってことを、彼はあたしと付き合う前から知っているから。彼は頭が良くて記憶力も良いから、忘れるはずがない。記念日だってちゃんと覚えていたし。
だからお昼前に一人で出掛けるときに、こっそりとついて行くことにした。昼飯はいらない、なんて言われたら気になるに決まってる。尾行なんてドラマでしか見たことない。けど人が多い道ばかり通ったから、見つかる心配はあんまりなかった。どっちかというと、置いていかれそうになりながら必死に追った。
彼が向かったのは、おしゃれなレストランだった。こんなところ、二人で来たことない。店員さんになにか話してから彼は入った。もしかして、といろんな想像をしながらあたしもレストランのドアを開けた。席は自由な場所でいいと案内されたから、彼が座った場所からちょうど見えにくそうな席に座った。彼が座っているのは二人席だった。
落ち着かないけどとりあえずなにか注文しないと。そう思ってメニューを開くと……思っていたより、高い。好きなものがランチセットにはあるけれど、けっこうな出費になる。単品で頼もうかな、と考えていたら、不意に後ろから声をかけられた。
「鴨肉のホワイトシチュー、バゲットはおかわりできるって。もう頼んでおいたけどこれでいいよな?」
「え……どうして」
振り返ると、あたしが追ってきたはずの彼がいた。どうして簡単に見つかったのかわからなくて、それに頼んであるってどういうこと? 疑問だらけで次の言葉が出ないあたしの手を引いて、彼は嬉しそうに言った。
「疑ったら来てくれるのか気になったんだ。人混みでも見失わずに着いてきてくれて嬉しかったぜ」
あたしは彼が座っていた席の向かいに力なく、すとんと座り込んだ。なんでもいいから、別れる口実が欲しかったのに。