夏の死

「記録的猛暑」
「想定外の気温」
「連日熱帯夜」
 肌にまとわりつく熱が、言語化され並んでいる。次々と出てくる言葉を、それは静かに耳を傾けて聴いていた。
「夏なんてなければいいのになあ」
 生暖かい息とともに生まれたぼやきに、同調が広がる。
「もはや夏はそれだけで災害だよ」
「春と秋だけにならないかな?」
「スキーしたいから冬が一切ないのはカンベン!」
 言いたい放題の会話から夏が歓迎されていないことを、それはすぐに悟った。夏が来たと喜ぶ声ももしかしたらあるのかもしれないが、そうではない声のほうがよほど大きいことは火を見るより明らかだ。それの耳にはなかなか夏への肯定的な言葉が届いてこない。
 夏が嫌われているのならば、それは正しいことをしたといえる。
「別に四季がなくてもさぁ、桜がずっと咲いてるとか幻想的でいいじゃん」
「バカ、散るからいーんでしょ、あれは」
 失われることに意味を見出だすのならば、それは正しいことをしたといえる。
 一人が片手をパタパタと振って風を起こしてみたが、たいして効果はなく逆にその動きで余計に暑くなると感じたのか、すぐにだらりと腕を下ろした。
「暑いとやる気も起きないよ」
「汗かく度に拭ってると効率も落ちるしな」
 そのまま暑さに負けてぼんやりとするだけになった人々を尻目に、それは移動を始めた。それが歩くと熱風が起き、周りの景色を歪ませた。行く宛を特に持たないそれは、しばらく周辺をぶらついた。誰も彼もが驚異的な気温に疲弊し夏を厭う。
「おかしいですね、アレは始末したんですけど」
 それがぽつりと溢した言葉は、正しいこととしておこなわれた末恐ろしいものだったが、誰の耳にも入らなかった。
「まあいいでしょう。実際、私は災害ではなく『季節』ですし、やる気も効率も私の知ったことではありませんからね」
 うんうん、と勝手に納得したそれは、しかし一つ問題があったことに気づいた。
「そういえば名前を決めていませんでした。……ああ、私が決めることはできないんですね。では先代から引き継いだ『夏』で良しとしましょう」
 次代の夏を受け持ったそれは、にっこりと微笑んでやる気をみせた。気温が上がる。向日葵もくたびれるほどの日射しが至るところに突き刺さる。
「安心してもらっていいですよ、夏。私が貴方の評判を変えてみせますからね」

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